日本の歴史を学んだ人であれば、織田信長が明智光秀に討たれた本能寺の変を知らない人はいないでしょう。信長ファンの人は、あれさえなければと嘆き、光秀ファンはあそこがピークだったと嘆く日本の歴史上、非常に重要な事件です。歴史にもう少し詳しい人であれば、本能寺は火をつけられて、信長は火がついた本能寺の中に入って、舞を舞ったあとに自害したということも知っていると思います。なので、本能寺は焼失したと思っているかもしれません。でも、京都の観光地として本能寺はまだあるんです。
織田信長が討たれた本能寺、それが京都にまだ残っているというのは、知らない人にはショックだと思います。たとえば、修学旅行で訪れる京都の観光地は、金閣寺とか銀閣寺はあるけれど、本能寺というのはまず入っていません。しかし、中学生でも高校生でも、金閣寺や銀閣寺より、もっと印象深いのが本能寺であると思います。なぜ、日本人なら誰でも知っている本能寺が、観光リストから外されてしまうのでしょうか。それはおそらくこんな理由です。
本能寺の変でお堂が焼けたんですが、その後、豊臣秀吉が本能寺を移転しているんです。つまり、今、京都にある本能寺は、本能寺の変があった頃に建っていた場所とは違うところにあるんですね。だから、修学旅行生を京都の観光地として本能寺に連れていくと、このお寺は本能寺ですが、信長が討たれた場所はここではありませんという説明になります。これだと、なんだということになるので、あえて組み込まないのではないでしょうか。